坂井泉水は26日早朝に非常階段の約3メートルの高さから転落し、後頭部を強打。集中治療室に入ったものの27日午後3時10分、両親や親族が見守る中、帰らぬ人となった。所属事務所は「日課にしていた早朝の散歩を終えて病室に戻る途中に足を滑らせた」と説明。一方、四谷署は事故と自殺の両面で調べを進めている。ビスチェ
坂井泉水は昨年6月に子宮頸がんを患い、闘病を続けていた。周囲に気を使い、人の気持ちを大切にする人柄でもあったため、所属事務所やレコード会社のスタッフでもごく一部しか病状を知らなかった。最近のファンクラブの会報にも「体調が思わしくないけど、頑張っています」と極力心配をかけないようにしていた。
入院中もまくら元にメモ帳を置いて詞を書きとめるなど常に創作には前向き。スタッフが「退院したらコンサートをやろうよ」と励ますと、「頑張るよ」と意欲を見せていたという。
摘出手術は成功し、通院しながら病状を見守っていた。次回作のためのジャケット撮影の準備をしていた矢先の今年3月に肺への転移が見つかり、4月に再入院。それでも放射線、抗がん剤での治療が行われ、回復の兆しも見られていた。
秋にはアルバム発売を予定し、3年ぶりとなるツアーも計画していた最中の訃報。所属事務所は「16年歩んできたZARD坂井泉水が、いつまでも皆様の心の中に生き続けることを願ってやまないと同時に、ファンの方々にも深く感謝いたします」とコメントした。多くのファンが所属事務所に花束を持って訪れ、事務所側も、急きょ記帳所と祭壇を設けた。
坂井泉水の通夜、葬儀は親族だけの密葬で行われる。後日「お別れの会」が催されることになっている。
シングル3作、アルバム9作でミリオンヒットを飛ばした坂井泉水。記憶だけでなく、記録にも残るアーティストのあまりに早すぎる死だった。


